青きに、焔
Blue,flame
 桜が咲き乱れる足元には、無数の死体が転がっている。
 血の匂いが風にのって、左近の鼻腔を充たした。




 ・・・・・・その、青臭さを罪とは思わず、ただ純真に世界へ向けて己どもの美を求めようとしている秀吉子飼いの3人は勝利に酔い、心も身体もすでに弛緩しているようだった。
 戦直後のもののふとは思えぬ。まだまだ、青い・・・。いや、自分にもあのような時があったかもしれない。しかし、左近は己の青き時代のことなど何も思い出せずにいた。ただ、人を斬り、血の匂いを嗅ぎ捨ててここまでやってきた。 いまさら、若き日を振り返りどうなるというのだ。
 くだらない思考を拭い去り、秀吉直々に推薦を受けた、石田三成という男に目を向ける。

(おや・・・?)
 三成は子飼いの2人、それに秀吉の妻・ねねから一人離れたと思うや、秀吉の下へ走り、なにやら密談している。
 一見、戦場に不似合いのように思えるこの男は、戦の興奮冷めやらぬという風情で頬を紅潮させながらも戦場の後始末を須らく一人で請け負いはじめた。次々と、下々の者に言葉を発している。まるで、「この戦は己が大将である」と言わんばかりの堂々としたものである。
(さて、青き果実が、実をつけ、熟していく過程かな?)
 などと左近は思い、片眉を上げて口元を綻ばせた。

 歩を進め、鉄扇で自らの掌をピシと打つ男に、声をかけた。
「三成さん・・・あなたは、あの‘輪’から抜け出してしまってよいのですか?」
 問われた男は、左近を一瞥すると答えた。
「どういう意味だ」
「わざわざ、あなた一人が苦労を買うことはない。‘輪’のままで苦労を分け合えばいいでしょう」
「愚問・・・だな。俺は、苦労などとは思っていないし、‘輪’・・・など、俺には必要ない」
「はて・・・?必要なしと言われますか・・・これいかに?」
「俺は、お前の言う、‘輪’・・・というものが崩れ落ちようとも、守らねばならんものがあるのだ。強くいるために輪の力など必要ない、俺には・・・な」

 左近は、おほん、と小さく咳払いをしクスクスと小さな笑いを立てている。
「何がおかしい」
「いやぁ・・・・・・?守るものが大きければ大きいほど、人の繋がりが重要になってくるんじゃありません?たとえ、見せ掛けの繋がりと言えども・・・ね」
「俺は、そのような利や徳で繋がる者たちは許せぬのだ。俺は俺のやり方で・・・」
 三成はそこまで言うと、顔を伏せて押し黙った。

 なるほど、この三成という男は、理想家と呼ばれているだけのことはある。言葉で現実を解説しているが、現実ではない。言葉にするだけでは、夢想の中だ。
 果実は、まだ実をつけずに、青いままらしい。
 しかし、左近には、その青い果実がうらやましくも嬉しくも思えた。
 そして、押し黙ったままの三成の顔を、ひょいと覗き込み「実は・・・俺も利や徳で生きている男って嫌いなんですよ。特に、あの徳川って男だけは、いただけないと思っていてね・・・・・・」と、三成の耳元で小さく呟いた。
 はっ、と顔を上げた三成の顔は、柔らかく微笑んでいる。先ほどまで、口の先を尖らせていた男が、さて、仲間を見つけた!という子供じみた態度を左近にほうり投げた。
(このように人の心証を良くする顔を作れるならば、いつも微笑んでいればよいものを・・・もったいない)
 左近のみにあらず。三成の笑顔を見たものは、みなそう思うだろう。

 男にしては美しい容貌ををもつ、この三成という人間は、知性と本能がギリギリのところでせめぎ合っているようだった。
(さて?興味はあるが、このように『知識の詰まった子供』と上手くやっていけるであろうか?)
 小さな不安が左近の胸に押し寄せた。
 そんな左近の心中など察せぬというように、傍では、風が桜の花を舞い散らせている。左近は、その風景に目を細めた。ここが戦場であるのが、もったいないくらいだった。
 そして、吹き散らされた花びらが、三成の髪に絡みつく。
「美しい・・・・・・」
 左近は、ため息混じりに呟いた。思わず口をついて出た、というのが本音である。視線を感じた三成が、訝しげな目で左近を見つめている。
 この男には、世界の美が凝縮している。
 そう思えるほどに・・・三成の心・・・というものが、全身に溢れ出ているのだ。
 なるほど・・・『これ』を見てしまったものは三成という男が今まで以上に大きく存在し、きっと三成の運命の歯車の一端に組み込まれることになるのであろう。


(もし、石田三成という青く焔立つ男の目に適うなら、この嶋左近をお引き立ていただきたい)
 三成の髪に絡みついた桜の花びらを、指先でそっと掃うと、左近の肌に、青い焔が這いまわった。