(存在しない)
(nonexistent)
「よもや、私たちの間でこのような情事が行われているなんて誰が信じるだろう?」
 そう言って元就は、声を出さずに笑いながら三成の帯を解いた。自尊心を傷つけるように、わざと、乱暴に。そして三成の腰を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。

(それにしても、力を入れると壊れてしまいそうなほど、細い身体だなぁ・・・)
 元就という男は、このような閨の場にあっても昼行灯な思考をする男だが、身体の所作は同じではない。
 お互いに膝立ちの格好で、舌を絡め合う。口から離した舌先には、甘い唾液が絡みついていた。元就はそのままの湿った舌で、三成の柔らかな肌、胸元に這わせて甘く噛んでやる。
「あっ・・・やめ・・・」
 漏れる吐息と、抗議の声に元就は微笑を浮かべると、「ん・・・?ここで止めてもいいのかな?」意地の悪い言葉を吐いた。
 その言葉に三成の頬が高揚し、脹れた。少年のような仕草がかわいい。
「止める・・・ではなく、できない。の間違いではないのか?」
「・・・・・・もしかして・・・。私が老いぼれていて・・・何もできやしないんじゃないかと、バカにしているのかな?でも、君と身体を合わせるのは初めてではない。私の身体がそこまで年老いていない・・・ということは、君がよく知っているんじゃないかな?」
「・・・また、説教か」
 三成は口を尖らせている。
 自身の説教癖を認識している元就は、反省の仕草としてポリポリと頭を掻いてみる。
「説教ではないよ」
 どのような時でも元就はおだやかな口調だ。この男が本気で怒ったならば、どのようになるだろう・・・三成は首をかしげて思案した。が、想像できなかった。

 元就は、困った表情を作りながら三成の腕を引き寄せ、再び、その身体を腕に抱きこんだ。
「不安なんだよ。君は前途も有望な若者だ。片や、私は隠居を楽しんでいる老いぼれにすぎない・・・。まだ、十分に君を満足させることができるか・・・ってことがね」
 三成は、くだらぬ。それだけ言って、濡れた目で元就を見上げた。そして、そのまま熱くなっているものを元就の腹へと押し付けた。
「いいのかい?」
 元就は返事を待たず、熱く昂ぶったものを三成のものへ押し付けた。腰を擦りつけ、身体は熱く火照っている。擦れあって濡れた音が、静かな部屋に響いている。
「おいで」
 三成の腰を強く引き寄せて、容赦なく突きたてた。温和な男に似合わない抱き方だった。





「大丈夫かい?」
「大丈夫なように見えるか?」
 軽い皮肉を込めて、疑問に疑問で返す。そして機敏な動作で身を整えていく様子に、情事後の色気などなかった。

 衣服を整えながら、三成はこっそりと、毛利元就という元大大名について思いを巡らせた。
 本来ならば、何の関わりも接点も持たない2人であったが、このように肌を重ね合わせる間柄になったのは、元就の策略によるものだっただろうか。その辺りが、聡明な三成の頭を持ってしても、はっきりさせることができない。
 ただわかったことは、元就は三成との歳の差を気にしていた。それも、このような穏やかな男が意地悪な言葉を吐いてしまうほどに。
 そのくせ、時折見せる無神経な抱き方が気になった。しかし怒る気にはならない。一見、非の打ち所がなさそうな性格の男に、人間臭さが垣間見えるのが嬉しかった。
 クス―と笑う三成に、何が可笑しいんだい?元就は衣服を身にもつけず、裸出させたまま、不安の表情を浮かべていた。それが、また可笑しかったらしい三成は、ケタケタと声を上げて笑いだした。
 どうやら自分が笑われているらしいと気づいた元就は、顔を赤く染めた。しかし、今まで見たことのない、三成の健康的で青年らしい笑い声が、元就には好ましかった。


 この、歴史書に一切残されることのない、他愛のない出来事が元就の心の中に、暖かく、いつまでも残っていた。